「ドラム外交」の不協和音――高市・李在明が叩いた「利害」のリズム

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昨日、奈良で行われた日韓首脳会談。そこで披露された高市首相と李在明(イ・ジェミョン)大統領による「ドラムセッション」が、両国で大きな波紋を呼んでいる。BTSの『Dynamite』に乗せた派手なパフォーマンスを、メディアは「日韓新時代の幕開け」と能天気に報じているが、少し「うがった見方」をすれば、そこには両者のどろりとした政治的思惑が透けて見える。

 

 偶然か、必然か?「死刑求刑」と重なったドラムの音

この日、ソウルでは尹(ユン)前大統領に対し、内乱首謀罪で「死刑」が求刑されるという、民主主義国家としては異常な事態が起きていた。驚くべきは、そのタイミングだ。実はこの求刑、当初は1月9日に行われる予定だったものが、異例の延期を経て、ちょうど首脳会談の初日である「13日」にスライドしている。

これを単なる偶然と片付けるのは、あまりにナイーブ(純粋)すぎるだろう。李大統領側からすれば、国内の「政治報復」というドロドロしたニュースを、日本の首相とドラムを叩くという「爽やかな未来志向の映像」で上書きする、完璧なスピン(情報操作)になったのだ。

 

「生涯のロマン」という殺し文句の裏側

日本側がサプライズで用意したドラムセットを前に、李大統領は「生涯のロマンが叶った」と語り、高市首相に手を取られて演奏した。韓国内では「親近感が湧いた」という声がある一方で、冷静な観察者はこう見ている。「日本側が一生懸命用意した『おもてなし』を、李大統領が自らの政治的隠れ蓑として最大限に利用した」と。

高市首相は「自分の土俵(ドラム)でリードしている」つもりだったかもしれないが、実は李大統領が抱える「国内の火種」を消すための、華やかな目隠しに付き合わされた格好だ。

 

 日米寄りだった尹氏への「鎮魂歌」

かつて日米韓の連携を重視し、日本との関係改善に奔走した尹前大統領。彼が奈落の底に突き落とされた日に、その後継者(高市氏)と、彼を追い詰めた張本人(李氏)が笑顔でセッションを行う。これは李大統領による、尹氏と日本への二重の皮肉ではないか。「尹が守ろうとした外交の実績も、今や私の演出道具に過ぎない」という、残酷な勝利宣言のようにも聞こえてくる。

 

結局は「いつもの韓国」という冷めた視点

もっとも、死刑を求刑したところで、最高裁で無期になり、政権が変われば「国民統合」の美名のもとに恩赦で釈放されるのが韓国政治の伝統芸能だ。法治よりも感情や政争が優先される「その程度のサイクル」を、我々日本人は何度も見せられてきた。

今回のドラム演奏も、数年後には「あの時の演出は凄かったな」と笑い話(あるいは黒歴史)として語り継がれる、一時的な政治ショーに過ぎない。

 

化かし合いのアンサンブル

高市首相は「ドラムで韓国を自分のペースに引き込んだ」と自負し、李大統領は「日本を利用して不都合なニュースをかき消した」とほくそ笑む。

山積する難題をドラムの爆音でかき消しただけの、この「化かし合い」を友好と呼ぶのなら、これほど滑稽なことはない。本日、両首脳は法隆寺で「和の心」を語り合うという。しかし、まずはその手にあるスティックを置いて、足元の泥沼――法よりも情が優先される隣国の危うい現実――を直視すべきではないだろうか。